王様から命を受けて訪ねて行った役人達は『さあー困った!』と困惑してしまいました。役人が王様に報告しました。報告を聞いた王様は『仕方が無い御国の為だ。国の事情をとくと話してその婦人を瓦工の妻にさせよう』と無理押しをする事に決めました。
案の定婦人は『そんなひどい事を、そればかりはどんな事があっても嫌です』
頑強に王命を拒絶しました。しかし権力の掟は、絶対です。

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沖縄の赤瓦!沖縄の風土にマッチし建築物としてその美しさは、絶賛されていますが、あの美しい赤瓦にも一人の百姓女が、犠牲にされた悲しい物語があります。この話をご紹介したいと思います。

瓦が、沖縄に伝来したのは、1373年朝鮮の高麗から来た瓦工が、浦添城の瓦を造ったのが初めとされています。この話の人物である瓦工の本名は、不明ですが、地元では、唐大主(からうふしゅ)と読んでいたそうです。この人物は後に渡嘉敷三良(とかしきさんらー)と名乗って後に琉球に帰化しました。
首里王府は、彼に住居を与え陶舎と窯場を与えて瓦を焼かせました。この瓦焼は、琉球国にとって最も重宝な物だったので王府も瓦工を厚遇し出来る事なら彼を帰化させてもっとたくさんの瓦を作らせたいと考えていたので瓦工の言う事なら何でも聞き入れてやりました。

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松村が、10日の余裕をもらったのは、、牛に自分の恐ろしさを植え付ける為だったのです。松村は、毎日真っ赤な衣装を着て”人殺し”のいる牛舎を訪れ鍛えた腕に鉄扇を持ち一時間あまりも”人殺し”の眉間を打ち続けたのです。
自分に刃向うとどんな痛い目に合うか、時間をかけて教えたのです。初めの2〜3日は、怒っていた”人殺し”も4〜5日過ぎるとあまりの痛みに狭い牛舎を逃げ回り7日目には、松村の赤い衣装を見ただけで逃げ口をさがすようになり10日目には、松村を見ると舌を出し尾をたれ膝まづいて泣くようになったそうです。
続きの前に!

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